ネットの一般化が嫌い。

俺は一般人がネットの世界に入り込んで来たとき、 「これでネットはもっと多様で雑多な世界になる。もっと自由になる」 と思っていました。


ところがそれは間違いで、ネットと現実社会の距離が近くなればなるほど、人の種類や人の意見は画一化され、自由に物事が言えない環境になってしまいました。


センター試験会場爆破する」なんて、2000年代前半なら、間違いなくスルーされてたような高校生の軽い冗談が、今や逮捕される可能性を持っていて、周囲が騒然となるなんて、ハッキリ言ってこれは悪夢です。


インターネットの一般化なんて、メリットは2割ぐらいで、デメリットの方が大きいんですね。やっと分かりました。


西村博之さんは、もう2000年代中盤から2ちゃんねるに完全に見切りを付けているんですが、彼が2ちゃんねるに興味を無くしてしまった理由が、俺には分かるんです。


電車男が世間で有名になって、ドラマなんかが放送されたあたりから、屈託の無い明るいにわかネットユーザーが増えて、表向きには2ちゃんねるは盛り上がってたのかもしれないけど、弱者の鬱屈した感情や、社会への敵対心みたいなもんはどこかに捨て去られて、健全なサイトになっちゃったんですね。


ひろゆきさんは「2ちゃんねるにはバカが増えた」と言っていますが、俺は「良い子ちゃんが増えた」のだと思っています。社会に何の不満も無い幸せな子たちは、そりゃ見栄えは良いでしょうが、「2ちゃんねる」というカウンターカルチャー的な掲示板の新しい担い手になるにはあまりにもお行儀が良すぎるし、力も足りない。


昔の2ちゃんねるは、めちゃめちゃ頭が良い人だったり、社会に虐げられてる人だったり、リア充でイケメンだけどなにか普通じゃない人だったり、ほんとにフっツーの一般人だけど、好奇心が強くて、俺みたいなチショーと話すのが好きで、友人や家族には気づかれないようにコソコソとアングラサイト2ちゃんをやっていた人が居たんです。


俺は、彼らは言わばヤンキーだったり特殊学級の子だったりするわけですよ。


俺たちは特殊学級で、社会という先生に隠れてこそこそ面白いことやって、先生の悪口とか言いまくって、先生に見つかった怒られるようなこともやりまくってた。たまに普通の子が「先生に怒られたよ〜」って泣きながら教室にやって来たら、何も言わずに黙って話を聞いてやった。


ところが2005年あたりに電車男っつー奴が現れて、そいつが普通学級の子たちに大人気になってしまったため、感化された普通の子たちが俺らの特殊学級で普通に過ごすようになってしまった。


それだけならまだしも、この普通の子たちは先生に従順で先生を愛してるから困る。今まで大っぴらに言えた先生の悪口、先生の問題点、先生にやったイタズラが、すぐ普通の子の監視によって見つかり、チクられるようになった。


今までは特殊学級と普通学級、2つのクラスがあったんだけど、それが普通学級2つになってしまった。特殊学級は消滅したわけです。


ひろゆきさんが2ちゃんねるを捨てたのもこのへんが原因でしょう。特殊学級は見てて面白かった。でも普通学級なんか見ててもツマランっつーことです。


で、ここからが問題だと思うのです。面白いツマランの次元じゃなくて、切実な問題。

「先生に怒られたよ〜」って泣きながら教室にやって来た子なんかは、次はどこへ逃げ込めば良いんでしょうか?普通学級では先生に怒られたことを相談できません。「先生は悪くない。お前が悪いんだ。」って言われますから。でも特殊学級ももう無くなりました。普通の子に侵略されましたから。


じゃぁ彼の先生に対する不満、グチはどこに吐き出せばいいんでしょうか?


俺が最近のインターネットに感じている不快感ってのはそーいうとこなんでしょう。
世界の幅が狭くなったんです。


インターネットがアングラで悪名高いモノだったときの方が、雑多で多様な価値観、意見が聞けました。ガラの悪い発言があっても誰も通報なんてしなかった。社会正義なんざに興味は無いし、体制側の警察なんかウンコだから。


インターネットがグラウンドで、推奨されるようになってからは、画一的で無個性な価値観、意見が増えました。ガラの悪い発言があれば即!通報します。社会正義に興味はあるし、体制側の警察なんか神だから。



俺は、前者こそがネットが真にあるべき姿だと、強く思っています。
一般化なんかクソ食らえって感じです。


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    http://d.hatena.ne.jp/toronei/20091008/L